多重人格ってホントにあるの? 解離性障害について 医師国家試験113A25
解離性障害とは「意識や行動などの統合」が上手くできないこと
医師国家試験2019年度 113A25 精神科
18歳の女子。普段と様子が違うことを心配した母親に連れられて来院した。昨日、以前から付き合っていた男性と別れることになったとつらそうな表情で号泣しながら帰宅した。2時間後に母親が声をかけると「お母さん、いつものお菓子作ってね」と普段と異なる幼児的な甘えた態度で訴えた。本人が帰宅した時のつらそうな様子について母親が尋ねても「何のこと」と答え、全く記憶していなかった。神経診察を含めた身体診察に異常を認めない。血液検査、脳画像検査および脳波検査で異常を認めない。
この患者について正しいのはどれか。
a 昏迷状態である。
b 入院治療が必要である。
c 認知行動療法が有効である。
d 統合失調症の初期である可能性が高い。
e ストレスとなった出来事に対する追想障害である。
今回は解離性障害についての問題です。正答率が75%くらいなので、医師国家試験においては難しい部類に入る問題です。
今回の問題の患者さんは、「昨日、以前から付き合っていた男性と別れることになったとつらそうな表情で号泣しながら帰宅した。」というストレスが契機となって「2時間後に母親が声をかけると『お母さん、いつものお菓子作ってね』と普段と異なる幼児的な甘えた態度で訴えた。」というように別人格が現れていますね。つまり、解離性障害の中の解離性同一性障害(DID)、通称「多重人格障害」と判断できます。
また、「本人が帰宅した時のつらそうな様子について母親が尋ねても『何のこと』と答え、全く記憶していなかった。」とあることから、外傷的な出来事やストレスの強い出来事に関連したことを部分的に忘れる解離性健忘症状もあると考えられます。
ということで正解は選択肢eの「ストレスとなった出来事に対する追想障害である。」となります。
ちなみに追想障害とは、記憶の要素の一つで、一度覚えたことを再び思い出すことを指します。この患者さんは、記憶が欠落しているため追想障害があると言えます。残りの選択肢の解説は最後に記載しています。
多重人格ってホントにあるの!?
医学部に入学し一通り精神科を学んだ身としては大変恥ずかしいのですが、今回自分で調べるまで半信半疑でした。
精神科の疾患って教科書には記載されているものの、日常生活で出会う機会がないとなかなかイメージしにくい病気が多いですよね💦(統合失調症や今回の解離性障害など)
ただ、近年は精神疾患を抱えている患者さん自身がSNS等で情報発信されているケースも多く、本当に解離性障害を抱えている患者さんがいらっしゃるんだなと実感することができました。(便利な時代ですね。)
解離性障害においてはharu(ハル)さんという方がテレビ等でも取材されており有名なようです。
haruさんのツイッターに固定されていた動画が個人的には解離性障害のイメージを掴むうえで勉強になったので、良ければご覧になってください。(Youtubeで検索すると、テレビ出演した際のダイジェスト版も見れるようです。)
「日常が途切れる世界」 pic.twitter.com/Tqlih5t563
— haru (@hr_3200) 2018年11月17日
解離性障害、昔の呼び方は「ヒステリー」
話は戻りまして、解離性障害とはどんな病気なのでしょうか?
一言で表現するなら「意識、記憶、同一性、行動などの統合が破綻した状態」です。
ただこれではわかりにくいので少し具体的に説明します。
解離性障害は元々ヒステリーと呼ばれていました。「ヒステリー」という言葉は日常生活でも使いますよね。
日常生活で用いる「ヒステリー」は、ステレオタイプ感満載な具体例で申し訳ないのですが「夫婦喧嘩で、妻がカッとなってお皿を投げる」といった衝動的な行動をイメージする方が多いのではないでしょうか?
一方、医学的な「ヒステリー」にはそのような意味は全くなく、「脳の障害で起こるような症状が、脳の障害がないのに起こること」を指します。
例えば、アルツハイマー型認知症という病気は脳の中の海馬という構造が萎縮する(小さくなる)ことで起こると考えられていますよね。つまり、「記憶障害=脳の障害」という前提が成り立つわけです。
しかし、医学的な「ヒステリー」では、脳の障害がないにも関わらず、記憶障害といった本来脳の障害で起こるような症状が出てくるのです。
実際、今回の問題文にも「脳画像検査および脳波検査で異常を認めない」とあるように、「きちんと脳の障害はないですよ!」とアピールされているにも関わらず記憶障害が出ていますよね。
こう考えると、なかなか不思議な病気ですよねー。
ヒステリーは「女性の子宮」が由来!?
ヒステリーの命名者は、「ヒポクラテスの誓い」という医師の倫理についての宣誓文で有名な「医学の父 ヒポクラテス」と言われています。
ヒステリーはギリシャ語の子宮を意味するヒステラという言葉に由来するそうです。今でも子宮鏡のことをヒステロスコープと言ったりしますよね。
どうも医学の父であるヒポクラテス先生は、ヒステリーは女性に起こりやすいという印象からか、体内で子宮が動き回ることが原因であると考えたようです。
ヒステリー症状は男性でも起こる訳なので、現代医学的には明らかな誤りなのですが、慣習的に用いられてきたようです。ただ、ヒステリーという言葉は一般的に用いられる意味と医学的な意味が異なっており、混乱を招く点や、誤解を招く語源であるため現在はヒステリーは解離性障害と転換性障害という病名に置き換わっています。
ヒステリーは、解離性障害と転換性障害に分類
便宜的にヒステリーという言葉を使わせていただくと、ヒステリーはさらに解離性障害と転換性障害に分類できます。
解離性障害は簡単に言うと、脳に異常がないけど、多重人格や記憶喪失などメンタル(心)の症状がでる病気です。
一方で転換性障害とは、神経に異常はないけど、麻痺や声が出ない(失声)などフィジカル(体)の症状が出る病気です。
多数の人格が生じるのは、自分を守るため!?
今回の問題で登場した解離性同一性障害(通称では多重人格障害)はなぜ生じるのでしょうか?
これは諸説あるようですが、過去に受けた大きなストレスから自分の身を守るために別人格を作り出すのではないか?と考えられています。
多重人格障害の患者さんには、幼児期に虐待を受けた人が多いという意見があります。つまり、幼児期に虐待されると、自分自身ではそのような状態には耐えられず、虐待されているのは「きっと自分ではなく、別の人間だ!」と考えて、別人格を作り出していくのではないか?と考えられているのです。
これは、「妄想はなぜ生じるか?」に関する春日先生の見識に通じるところがありますよね。春日先生は、妄想は「統合失調症の患者さんが自分自身の不調を、なんとか理解するために作り上げた物語りである」と述べてらっしゃいましたが、解離性同一障害で複数の人格を作り出すというのも、ある意味自分の身に起こった緊急事態(虐待などのつらい経験)に対して、自分なりに対処するために生み出された産物と考えることもできますもんね。
こう考えると、精神疾患で生じる特徴的な症状(幻聴・多重人格・記憶喪失etc)は、「自分自身に起こった心の緊急事態に対処するための苦肉の防衛策」と言えるのかもしれないですね。
ちなみに、多重人格障害においては、ある人格から突然、別の人格に入れ替わり、その際には前の人格の際に起こった出来事は一切記憶していないということなので、本当に不思議ですよねー。
ストレスが強すぎると、自分自身もわからなくなる?
今回の患者さんでは、解離性同一性障害だけでなく、解離性健忘の症状も見られました。
繰り返しになりますが解離性健忘は、「外傷的な出来事やストレスの強い出来事に関連したことを部分的に忘れる」というものです。
ひどい場合は、自分自身のことが全くわからなくなるようです。名前はもちろん、住所、職業、これまでどんな人生を歩んできたか?を一切忘れてしまうようです。
その一方で、電車の乗り方とか、お金の使い方など日常生活に必要な一般的知識は覚えているようです。
解離性健忘の中には、解離性遁走(とんそう)と言われる症状があるのですが、これは心理的ショックを受けた後に、突然放浪の旅に出てしまうというものです。
よく映画とかで、知らない町から記憶喪失の登場人物がやってくるというストーリーがありますが、あれも解離性遁走なのかもしれないですね。
いずれにせよ、自分自身を完全に忘れてしまうような健忘は、犯罪などかなり強いショックが関係していると考えられているようです。
今回の問題の患者さんは、解離性健忘というよりも多重人格障害の、別人格の際の記憶がないだけと解釈できるかもしれないですね。
解離性障害に効く薬はない!?
残念ながら、現代医学では解離性障害に効く薬はないようです。
では、どうやって治療するのでしょうか?
厚生労働省のサイトから引用すると
解離性障害の治療の基本は、安心できる治療環境を整えること、家族など周囲の人の理解、主治医との信頼関係です。
や
安全な環境や自己表現の機会を提供しながら、それらの症状の自然経過を見守るという態度も重要です。
といった、心理教育や情報提供が有効としか書かれていませんね。なので、できるだけ患者さんがストレスを感じにくい生活を過ごせるようにアドバイスをしつつ見守っていくという感じの治療になるのでしょうか。
ちなみに今回の問題の選択肢cで「 認知行動療法が有効である」であります。一見有効な気がしますが、認知行動療法は「認知に働きかけて歪みを修正し、行動の変容を図る治療方法」のため、記憶を喪失している本患者さんにおいては効果が期待できないようです。
たしかに、他人格の際の記憶がないので、認知のゆがみを治そうにも、本人に自覚がない以上は難しいですよね。
以上、自分の知識がなさすぎて調べていると長くなってしましたが、統合失調症にしても解離性障害にしても鍵は「ストレス」という感じがしましたね。
ストレス社会と叫ばれる現代ですが、新型コロナウイルス感染症のせいで、日常生活で人々が感じるストレス量に一層拍車がかかっている気がします。
自分自身、ストレスへの適切な対処法を身に付けていきたいですし、将来医師になった際には患者さんのストレスを軽減できるドクターになりたいなと思う次第です。
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おまけ(残りの選択肢について)
a 昏迷状態である。→昏迷とは、「刺激に全く反応しなくなる」といった意識がしっかりしているけど、意志の発動が全く見られない状態を指すそうです。うつ病や解離性障害の中の「解離性昏迷」でも見られるのですが、今回の患者さんには昏迷症状は見られませんね!
b 入院治療が必要である。→入院をしたとしても治療法がありませんよね。また自傷他害があるなら、強制入院も検討すべきですが、そういった可能性も問題文からは考えにくいですね。
※精神科の入院については「精神科に特別な入院形式があるのはなぜ? 医師国家試験 114F41」を参照ください!
c 認知行動療法が有効である。→これはすでに説明したように無効ですね。
d 統合失調症の初期である可能性が高い。→統合失調症と解離性障害は別の疾患ですね。
e ストレスとなった出来事に対する追想障害である。→正解です!!!